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5年目の港で



夏を振り返る間もなく、秋が来てしまいました・・。

私は毎日、元気に過ごしております。
2016年の8月、9月、愛しい夏とその名残についても、いつかきっと書き記せたらと思っております。

10月の私は、粛々と、『パール食堂のマリア』の稽古の日々です。
自分にとって大きなターニングポイントのひとつとなったこの作品で、劇団化5周年の記念公演を迎えられること、本当に幸福に思っております。

初演から続投してくれる組員達、そして劇団の新人・土屋杏文も加わり、劇団としても、今回の公演で新たな一歩を刻もうとしています。
素晴らしい客演の皆さまの力をおかりして、日々、この物語に新たな命を灯しております。

こちらの日誌で、出演者のみなさまのことや、5周年に寄せていただいたお祝いのコメントも紹介しております。
ぜひ、覗いてみてください。

季節に追い越されてしまわないように、深呼吸。
この秋を、いつにもまして大切に過ごしたいと感じています。

また少しづつ、作品の誕生秘話や、舞台になった横浜のエピソード、座組のことなど、本番に向けて綴れたらと思います・・。

皆さま、秋の吉祥寺でぜひお会いしましょう。

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青☆組 vol.22 劇団化5周年記念公演第一弾 
平成28年度文化庁芸術祭参加公演
『パール食堂のマリア』 作・演出 吉田小夏
●詳細はこちら
●ご予約はこちら(吉田小夏 専用)
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profile * 小夏の呟き * 13:50 * comments(0) * trackbacks(0)

モモと歩く日々

6月は突風のように過ぎ、今年もまた、7月がやってきました。

7月は、わたしにとっていつも特別な気持ちになる季節です。

今年の7月は、モモと歩く日々。

8月の[子どもに見せたい舞台vol.10]に向けて、俳優陣と日々稽古に励んでいます。

ミヒャエル・エンデの原作の素晴らしさを再発見しながら、「モモ」の世界を戯曲に昇華させてゆく時間は、楽しくも悩ましい、格闘の時間でもありました。

原作をもとにオリジナル戯曲にする作業はけして初めてではないし、むしろ得意だと思っていたのですが、今回は特に、自分のことばと世界観を、そして演劇観を、なんども見つめ直すことになりました。

熟考から抜けられなくなりそうな時は、エンデが演劇に深い愛着を持っており、舞台俳優の経歴を持っているということが、大きな心の支えとヒントになりました。

小夏版の翻案台本『モモ』は、エンデの演劇への愛情を勇気に、普段の青☆組とは一味違いつつも、とても私らしい戯曲になったと思います。

原作の生かし方、そして原作との違いを、たのしんでいただけたら幸いです。

自分にとって、30代最後の戯曲となり、40代最初の演出作品となるのが、『モモ』という作品であることに、とても大きな巡りあわせのようなものを感じています。

この作品を通して、沢山のこどもたちと、そしてかつてこどもだった皆さんにお会いできる8月が、今から心待ちでなりません。 親子はもちろん、大人ひとりでも、充分お楽しみいただける作品です。皆様、8月はぜひ劇場でお会いしましょう!

(写真は、プレ稽古期間に、座組の皆で原作の感想を紹介しあうために描いた絵と、一緒に・・)

 

profile * 小夏の呟き * 23:55 * comments(0) * trackbacks(0)

目を、とじてみる。

このところ、何を着ればいいのか悩ましい。
夏のような真昼の日差しと、日が落ちた後の寒さに、翻弄されてしまう。
結局、薄着すぎたり厚着すぎたりして、残念ながら少し風邪気味です。

風邪気味な上、執筆の時期は肩も腰も凝りやすいので、今が盛りの野草のどくだみを摘んできて、薬湯のお風呂を試している。
これが、温まってなかなかいい。漢方では十薬ともいわれるどくだみ、さすが。どくだみは、手作り化粧水もつくれるらしい・・。
と、どくだみに妙に心惹かれたりもしていますが、私は今、『モモ』の上演台本に向かい合う日々です。

『モモ』は、としまアート夏まつりで上演されます。子供と大人が一緒に観るお芝居です。
とても楽しみな企画なのだけど、名作を原作に戯曲を書くことについて、予想以上の格闘が続いている。
たいへんなのはわかっていたけど、ふと、考え込んでしまう瞬間が多い。
瞬間がいつのまにか数時間になっていたりもする。
こんなことは書き物をしていれば、いつもありうることなのだけど、時間が過ぎるとどうしても弱気になってくる。
や、弱気くらいで動揺していてはいけないのだ。
強がりすぎて疲れてしまうのも、またよろしくない。
そもそも自分が、むやみやたらと強がれない人物であることを、そろそろ受け止めていかなければならないとも思う。

また、話がそれてしまった。
こんな有様ではあるが、悩みつつ試行錯誤しながら取り組む中で、『モモ』の世界に救われている自分もいる。

特に、耳を傾ける、ということについて。
モモは、聞くことにかけては類まれなる力をもっている。
その聞き方は、肯定でも、否定でもなく、共感で寄り添うのでもなければ、客観で突き放すのでもない。
目の前にあるものを、じっと見つめるように、ただただ無心に相手を受け止め続けているような、そんな聞き方のように思う。
それが、本当の意味で見つめ合うということなのかもしれない。

全身で、世界に耳を澄まそうとしてみた。自然と、目をとじてしまった。
すると、湯水のように暮らしの中に溢れている情報から、少しのあいだ開放される。
肩の力が抜け、優しい気持ちになるのがわかる。
・・目から情報に触れ続けることは、本当に疲れることらしい。
一瞬でも離れると、はっとそのことに気がつく。

目を閉じ耳を澄ますことが、こんなに身体に優しいことだなんて忘れていた。
私は最近、波のようにやってくるニュースや情報に負けて、大切なことを少し忘れやすくなっているようだ。

よくない。
深呼吸して、今日も、そっと目を閉じてみる。

 
profile * 小夏の呟き * 13:31 * comments(0) * trackbacks(0)

ゆびさきで考える

気がつけばブログをあまり書かなくなってしまった。
そのことを、自分のことながら淋しく思っています。

どうしてだろう?と考えてみると、目の前のことに日々精一杯というだけでなく、自分はどこか、立派なことを書こうとしているからなんじゃないか?という気がしてきました。

身の丈を考えれば、そもそも立派なことなど書けないのです。
だからとにかく、指を動かしてみました。
駄文をお許しください。

SNSが発達し、言葉を空中に放つことは本当にたやすくなりました。
ツイッターも楽しんでいますが、ここでの言葉は、ポストイットにちょいと書いて、誰か読んでくれたらなと、大通りの壁にぽいぽい貼っている気分。

でも、私はそろそろノートが恋しい。
ポストイットはそのうち風に飛ばされてしまうけど、ノートというものは死んだ後にも残ることが多い。
だから、誰の為にもならなくても、今までの私やこれからの私の為に、自分の瞬間をノートに残す癖を、もう一度手に入れたいと思います。

と、言っても急にはうまくいかないかもしれないけれど・・・、1日もやらない一生よりも、3日坊主の3日間の方が、どれだけ価値があるだろう?ということで。
とにかくまずは、ゆびさきで考えてみた。


お読みいただき、ありがとうございます。
皆さんの一日が、健やかなものでありますように。
 
profile * 小夏の呟き * 13:23 * comments(0) * trackbacks(0)

春を待つ雨

 
今日は、一日雨模様。

曇り空に、ついしんみりしそうになったけど、ベランダの花についていた雨の雫が、水晶のようにきらりと光るのを見つけて、嬉しくなりました。

こんな日のおでかけは、いつも長靴です。
長靴をはくと、勇気が出てわくわくする。

ふと、心の中にも、長靴と雨傘を置いておくとよいのかもしれない、と思いつきました。

ある本とか、あることば。
歌とか、香りでもいいし、お菓子でもいい。
笑顔でもいい。
ターシャ・テューダーの本の中で、私は心が悲しい何かに襲われそうになるとき、目を閉じていそいで睡蓮の花を思い浮かべるの。思い浮かべるのはガチョウのひなでもよいのだけど、というくだりがあったのを思い出しました。

この雨が上がれば、きっと春が来る。
そんな風に想像しながら、こころ温めて過ごす日。

きがつけば、あっという間に3月となりました。

profile * 小夏の呟き * 16:09 * comments(0) * trackbacks(0)

スカートをはく

寒さに負けて、もうずっと、パンツスタイルのみで過ごしている冬でした。
なんだか、気持ちを換気したくなって、それでふと思い立って、久しぶりにスカートをはいてみました。

急に、背筋が伸びる気がした。

私はけしてお洒落さんではないけれど、鳥が自分の羽の手入れするように、身にまとうものにも、もう少し頓着しなくちゃな、と反省。
書き物仕事をしている時期などは特に、部屋に籠っている時間も多いため、着るものは着心地と清潔ささえあればあとはよい!ということになりがちな私・・。
衣裳をまとって魔法がかかる俳優のように、衣を変えて気持ちをリフレッシュすることの喜びを、忘れていた気がします。

20代の頃は、好きな男の人に喜んでもらうことと、自分が個性的である、ということをなんとか形にしたくて洋服を選んでいました。
今思い出すと、それもちょっと恥ずかしいけれど。

30代に入り、仕事が忙しくなってきてからは、洋服を選ぶ為の時間は、どんどん後回しになって、なんとなくになってゆきました。

今は、自分が自分で喜べるものを、そして地味であっても私らしいと思えるものを、選んでみたいと思います。

これから出会う、40代の自分が何を着るのか、贅沢はしなくとも、やはり、20代、30代、とは違う目線が必要な気がしているのです。

新しい自分の為の衣を、うまく見つけられるかしら?
洋服一着のことでもよい、私は、新しい羽を手に入れたい。

ちょっとくらい失敗してもいいから、焦らずに、ゆこう。





profile * 小夏の呟き * 21:49 * comments(0) * trackbacks(0)

五年目の学食


2月は、海城中学校に演劇のワークショップで伺う月。
いつのまにか、それが毎年恒例の時間となりました。

授業は午前中からはじまるため、お昼ご飯をいつも学食の職員用のコーナーでいただきます。これが、毎年ひそかな楽しみでもあります。
写真は、5年目の学食。

何度もアシスタントとして同行してくれている組員や、青☆組の常連俳優さんの田村元さんに加え、今年のワークショップチームには、新劇団員のトルティも加わりました。
ワークショップの進行役として、普段作品作りを共にしているメンバーと一緒に継続してプログラムに取り組めるのは、本当にありがたいです。
子供達との演劇作りは毎年新しい発見や課題がつきませんが、同じ担当の先生方(先生方が、本当に素晴らしい)と、同じアシスタントメンバーで、チームを組んで歩んできたおかげで分かったことは沢山あります。
特に、5年間ずっとアシスタントを続投してくれている、福寿、れいちぇる、には感謝がつきません。

この5年間の間に、お母さんになった福寿。
産休で俳優としての出演を暫くお休みし、劇団活動に最初に復帰したのは、この海城中学校でのワークショップでした・・。
劇団最年少として、入団したてだったれいちぇるは、今や、私が日本各地でワークショップ講師をさせていただくときの欠かせないパートナーとして、一緒に各地を飛び回り、アシスタントとして、時にはワークショップで作った作品の出演者として、逞しく活躍してくれています。

青☆組を劇団化してからも、ちょうど5周年。
劇団としての歩みが、海城中学校のコミュニケーション授業の歩みと共にあることも、なんだか感慨深いです。
継続と前進と、発展と。
簡単なことではないけれど、そのチャンスをいただけていることを、もっと自分の勇気にしたいと思います。

今年は、学校の校門の前で「・・あ!こなっちゃんですよね?!昨年は、コミュニケ―ション授業でお世話になりました!」と声をかけてくれた高校一年生がいて、なんだか感無量でありました。

これからも、たくさんの学生達と出会えますように。


profile * 小夏の呟き * 12:54 * comments(0) * trackbacks(0)

チューリップ

 チューリップの原種、というものを買いました。
小さな球根に、小さな赤い花。

早く春がきますように。

どんなに心が疲れる瞬間があっても、花を見ると、いつも深呼吸できます。

だから、部屋に、花を欠かさなくなりました。

今日も、綺麗に咲いてくれてありがとう。

今年もまた春という季節が来る。
毎年、欠かさずに来る。

なんて素晴らしいことだろう。


profile * 小夏の呟き * 00:27 * comments(0) * trackbacks(0)

凍えた指先に息を吹きかける

 

風はもう、真冬の手触り。
街角も空も、すべてがひんやりとしていて、空気のひとつぶひとつぶに小さな氷の結晶が隠されているのではないかしら?と思うほどです。

寒い寒い冬は、哀しいことが、他の季節よりももっと哀しく感じるような気がする。
そんなことをうっかり思っていると、カラダや心が、きゅっと縮こまってゆくようで・・。
でも、死と向かい合った時に、はじめて自分の鼓動のあることに感謝するように、この季節でなくては見つけられないものも、きっと沢山あるはず。
そう思って凍える指先に息を吹きかけてみれば、自分の吐く息の熱さに、体の奥が、生きよう、生きよう、と燃えていることがわかるのです。

冬子ちゃんという友人がいます。
美しい名前だと思いました。
だけど、私には生まれて初めての珍しいお名前だったので、出会った当時に言いました。
春子さんや夏子さんには会ったことあるけど、なかなか珍しいね、と。

「私もね、小さい頃は冬なんて寒くて嫌だな、なんで冬子にしたのかなと謎に思ったりしていたのだけど、そうしたらお父さんがね ”冬はね、本当は温かい季節なんだよ” って、そう言ってくれたの。それから自分の名前が好きになったの。」

冬子ちゃんはそう言って教えてくれた。
彼女が、お父さんの語り口を真似て言った ”冬はね、本当は温かい季節なんだよ” は、本当に温かく優しい音をしていました。
20年以上たった今でも、私の耳の奥に、小さなともし火みたいにその声が残っています。
マッチを一本取り出してしゅっ!と擦るみたいに、耳の奥で、懐かしい声や言葉に火を灯すのはとてもいい。勇気になるから。

しゅっ。
耳の奥に言葉を灯し、今日も凍えた指先に息を吹きかける。
そうしてまた、足早に街角を歩き出すのです。
冬という季節に隠された温かさを、探しながら、ひとつづつ数えながら。



profile * 小夏の呟き * 12:48 * comments(0) * trackbacks(0)

新春を寿ぐ




あけましておめでとうございます。

横浜の実家の庭先で、今年も早咲きの紅梅を見つけました。
冬空にぽっと一輪、小さくも堂々と咲く紅色は、どこか、希望のともし火のようです。
毎年お正月に、この早咲きの紅梅を見つけると、本当におめでたい気持ちになります。

この紅梅の木はもともと、父が自ら軽トラを運転し、苗木の頃に東京の生家から横浜に運んだものであるという事を、この新年に知りました・・。
大きく育った梅の木の下で、私は、この木が芽吹き歩んできた歴史を思いました。

花、一輪、咲かせることの、めでたさ。
その、凄さ。
今日まで枯れずにいてくれて、毎年花を咲かせてくれてありがとう。

また、新しい一年が始まります。

ありがとう。そして、おめでとう。

寿ぐ(ことほぐ)、という言葉は、言祝ぐ、ことばで祝うことなのだと言います。
ことばには、人間を祝う力がある、そういう明るい力がある。
今年は、そのことをもう一度噛みしめて進んでみたいと思っています。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆様の新しい一年が、ますます素晴らしいものとなりますように。


profile * 小夏の呟き * 14:22 * comments(0) * trackbacks(0)
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