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きいろい春


一面の菜の花に憧れて、ずいぶんたった。

学生時代、短い春休みを利用して、菜の花を探しに房総に行ったことがある。
インターネットもまだ一般的ではない時代、雑誌をあてに、房総にゆけば一面の菜の花に出会えると信じて列車に乗ったのだった。

あれは、春のいつ頃だったのだろう。
3月か、4月か。
東京では温かい日が続いていたのに、房総で過ごした2泊3日、折り悪く連日の曇りと雨。今思えば、まさに花冷えだったのだが、当時はひたすら、自身の日頃の行いの悪さを悔いた。小さな春の嵐で冷えた風に、春らしさばかりを意識した薄着の自分はあっけなく風邪をひいて腹痛に。
旅を共にしてくれたボーイフレンドに詫びながら、食事も喉をとおらずにすっかり寝込んでしまった。
それでも果敢に傘をさして小雨のフラワーパークに繰り出したものの、出会うのは赤や橙色のポピーばかり。寒さのせいか菜の花はしょんぼりと、いくばくかの群生が点在するのみだった。

ほろ苦い旅だった。
桃色まではまだ遠い、黄色の春の思い出である。
その後、私はまだ一面の菜の花に出会えたことはない。

人生のうちに一度は、夢見るように視界いっぱいに広がった、一面の菜の花に出会ってみたい。
そんな願いを、密かに戯曲の一部に織り込んだこともあった。
夢見る風景は想像の中に描く方が、いつまでも鮮やかなものなのかもしれない。

いまとなっては、花の為だけに旅をすることもなくなった。
ほろ苦さの旨みを知る年齢となって、もっぱら菜の花の辛し和えに舌鼓をうつばかり。

だけど、街角でふと菜の花の群生に出会うと、今でも静かに胸が高鳴る。
その眩しい春の明るさに、思わず微笑まずにはいられないのである。


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