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母と、カフェモカと、雪のひとひら、

久しぶりに、母が来訪してくれた。
本番前だったり、色々とバタついていたので、とても心が救われた。
感謝。

春の気配が始まった頃、私は、ミルクフォーマーとチョコレートソースとヘーゼルナッツシロップを買っていた。
大切な人やお客様が来訪したら、カフェモカを作ってあげようと思って。
自分のためには、もう何杯も入れて楽しんでいたけど、ついにおもてなし用に登場する機会が来たのである。
見よう見まねで、泡立ったミルクにチョコレートソースで絵を描いた。
母は、ハートがいいというので、ひとつにはハートを、もうひとつには木を描いた。
絵は、あんまり上手に描けなかったけど、お家カフェモカは甘く香ばしくほろ苦く、還暦を超えて無邪気さを失わない母と、せいいっぱい大人のふりをする私との、この静かな夜に似合っていた。
たくさん、お話をした。
最近の事や、未来のことなどを。

一番嬉しかったのは、部屋で待っていてくれる人がいるということだった。
その、普遍的でシンプルな事実。
書き物をする人間だから、ひとりきりになりたいこともある。
でもやはり、外で戦って、一日の終わりに帰る家に、気心の知れた優しい誰かが居てくれるということは、ある意味、根源的な幸福なのだと実感した。
この類の癒しを感じたのは、実に久々だった。

家庭を持つとかそんな大袈裟な話ではなくて、でもやっぱり人には、帰る場所が必要で、おかえり、という言葉が必要で、あと時々カフェモカも必要だと思う。

おかえり。
ただいま。
いってらっしゃい。

きっと、何べん聞いても飽きない言葉。
一番静かな、愛の言葉。

私が高校生の頃に溺愛した児童書のひとつ、ポール・ギャリコの「雪のひとひら」の中にこんなくだりがある。
「ごくろうさまだった、小さな雪のひとひら。さぁ、ようこそ、お帰り」
翻訳の難しいくだりだったろうと思うが、物語をすべて読めば、この不思議な風合いも理解できると思う。
ようこそ、と、お帰り、の共存の不思議さ。
でもきっと、お帰り、はいつもどこか、ようこそ、を含んでいる。
帰る場所がある幸福は、さかさまから見れば、待ちたい人がいる、という幸福なのだ。

原文は "Well done, Little snowflake. Come home to me now." である。
原文を読むと、ますます翻訳を不思議に思われる方もいるかもしれないが、物語全体を思えば、どちらの台詞も余韻のある言葉だと思う。
児童文学と書いたが、大人にこそぜひ味わっていただきたい、じんわりしみじみと、染みてくる作品だ。

おかえり。
ただいま。
ようこそ、おかえり。
今日も、明日も、何度でも。
大丈夫、何度でも、いってらっしゃい。
大丈夫、だって、必ずまた会えるから。
此処にいるから。

    
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