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雨上がりの石の上で

巨人は、友というものを見たことがなかった。
鉛のようなものでできた体を風にさらして、広く荒涼な大地にひとりきりでたっていた。

今となっては、大地にたっている理由さえも忘却していた。
大地は冷たかった。
そして、彼の足は一歩も動かすことができないのだった。
晴れた日には、雲を見上げ、雨の日にはまだ見ぬ友に祈った。 

はじめて大地に立った日から、100年があっという間にすぎた。
200年もあっという間にすぎた。
そして、いつの間にか巨人は、雨の日に祈ることをやめた。
びょうびょうと風に吹かれながら、800年が過ぎていた。
1000年の孤独の中で、巨人はひとりでたっていた。

ある朝、巨人の肩にみたことの無い鳥が舞い降りた。
「こんにちは」その灰色の鳥は言った。
巨人は困った。声というものを発したことが無かったから。
灰色の鳥は、濃い赤色の目を面白そうにくるくる光らせながら、巨人の目を覗き込んだ。
戯れの好きな鳥だったのである。
「コ・ン・ニ・チ・ハ」地響きのような声で巨人は言った。
「おや、驚いたなぁ、君、言葉を知っているの?」
「シッテイル」巨人は言った。
「ボクハ、センネンモマエカラ、ココニタッテイル。ボクノ、アシモトヲ、オオクノモノガトオリスギタ。タビビト、オオカミ、イロトリドリノコトリ、ラクダ、コジカ、ウサギ。ボクハカレラノコエヲキイタ、コトバヲキイタ。デモ、ボクニハナシカケタノハ、キミガハジメテダ。」
巨人が声を発するたびに、周りの木立が風を受け、木々がざわめいた。
珍しい鳥は、巨人の肩に爪をたててしがみついた。
「面白いな、君は。」鳥は言った。ケタケタと笑いながら。
「オモシロイ?」
「面白いよ、君は。君といると、楽しい。」
巨人は、この大地の上ではじめて、微笑みを覚えた。
鳥は、巨人の肩で羽を休めた。夜には星が降った。

それから10日がたって、鳥と巨人は語るべきことを失った。
巨人は沈黙を慈しんだ。鳥は沈黙を憎んだ。
鳥は言った「さてと、そろそろ行くかな。僕はまだ旅の途中なんだ。」
「ドコニイクノ?」
「ここではない何処か。行ってみたいところがあるのさ。」
「ドコ?」
「どこって?そうね、例えばセントラルパーク?」
「モウスコシイテクレ」
「まいったね、面白くないな、それは。」
灰色の鳥の赤い目は、煩わしそうに濁った。
「ドウスレバオモシロイ?」
「そうさね、まぁ、じゃ歌でも歌ってみてよ。」

巨人は、歌を知らなかったが、それでもとにかく、歌った。

とたんに熱風が吹き荒れ、巨人の足もとに広がっていた小立の葉が真っ赤に燃え上がった。
木の葉を住処にしていた色とりどりの小鳥達は飛び立つ間もなく焼け焦げてしまった。
灰色の鳥は最初は驚いたが、巨人の耳の下にいれば熱風にあたらないことを知ると、目を真っ赤に輝かせて言った。
「面白いよ、楽しいよ。もっと大きな声で歌って見せて。」
「ウタウヨ、キミノタメニ。」
巨人は、喜んだ。そして大きな声で彼の歌を歌った。
すると、今度は山の麓の村が焼け焦げてしまった。
救いは、誰一人気がつかなったことだ。気がつかないうちに一瞬のうちに焼け焦げた。
まるで、化繊の綿で出来た塵みたいに。

巨人は歌い続けた。100年歌い続けた。
村も、山も、国家も、みるまに焼け焦げてしまった。
旅人も、狼も、色とりどりの小鳥も、駱駝も、小鹿も、兎も。
皆、焼け焦げてしまった。
大地は熱風に包まれ、巨人はもはや炎の中にいた。
「ボクトイルト、タノシイ?」
100年目に、灰色の鳥に聞いたが、友からの返事はなかった。
巨人の耳の下も、もはや炎でできていたのだ。
「イカナイデクレ、ヘンジヲクレ。」
巨人は悲しんだ。返事がないことを恐れた。鳥が憎む沈黙を恐れた。
そして、休むことなく歌い続けた。ますます大きな声で歌い続けた。
大地は真っ赤に燃えて、星は炎に包まれた。
巨人と鳥が初めて言葉を交わした日から、200年があっという間にすぎた。
1000年もあっという間にすぎていった。
巨人はいつまでも歌うことをやめなかった。
びょうびょうと火の風に吹かれながら、50億年が過ぎていた。
50億年の孤独の中で、巨人はひとりで歌っていた。

だが、セントラルパークなんて、もともとなかったのだ、その星には。

本物のセントラルパークで、日曜日には子供達がその星を見上げる。
雨上がりの石の上で。
太陽が、たった一匹の灰色の鳥の為に燃えているということを、誰が知るだろう。
巨人は、今日も燃え尽きることもできずに、50億年の孤独の中で歌い続けている。

吉田小夏
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