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噴水の飛び込み方

本日は、稽古は早めに終わる日でありました。
帰宅後に、ちょこっと家で仕事して、約束してあった遅めの夕食に出かけました・・。
京王沿線で稽古していたDULL-COLORED POPの谷君と落ち合って、お互いの脱稿を祝してのプチ慰労会です。
チキンカレーと、インドのラム酒と、ごく薄いジントニックで、乾杯。

作家の気持ちがちゃんとわかるのは、やはり作家なわけで。当たり前ですが。
アーティスト同士の友情、万歳!であります。

というわけで、終電までのつかの間に、創作の苦労話に深く深くうなずきながら、稽古場の話などしながら、気が付いたら私はなぜか、大学時代のお馬鹿な恋愛の話をしていた。
たぶん、ごく薄いジントニックのせいだ。

済んでしまったことは、安心して楽しく話せるところがいい。
現在の恋人のことがあまり上手く話せない自分に、若干の不健康を感じ、現在の恋人の話がフツーにできる谷君に、健全な魂と健康を感じた。
自分も、もっと健康になりたい。

私の昔話は、主に噴水に飛び込んだ話で、思い出したこと自体がもうかれこれ何年ぶりだったろうかという古い話・・。
昔々、あるところに少年と少女がいました。
少年と少女は出会って、やがて空の飛び方を知りました、という類のものだ。

13年前の私にとって、噴水というのは、眺めるものではなく飛び込むものだった。
当時は、当時の恋人と、色々な噴水に飛び込んだ。
昼も飛び込んだが、夜に飛び込むのが一番楽しかった。
夜の噴水はきらきらと七色にライトアップされているから、あっという間に非日常へ飛んでゆける。
噴水の水の中を、裸足でざぶざぶと歩きながら、流れ落ちる水の裏側にまわって、当たり前のように延々とキスとかしていた。
よくもまぁ、恥じらいもなく、てらいもなくそんなことをしていたものだ。
見事な馬鹿ップル。世間様の大迷惑である。
だけど、ほんの少しだけ、当時の自分が羨ましくもある。
つまりは、怖いもの知らずだったのだ。
ただ、目の前にある瞬間だけを信じていればよく、その信じるものだけが、世界の断片だったのだろう・・。

今、目の前に、七色に光る噴水が現れたら、私は、まだ飛び込めるかしら?
悲しいけれど、飛び込み方は忘れてしまった。
遠くから、光る水面を見つめるだけだ。

だけど、自分をもてあまして、立ってるだけで胸が苦しかったあの頃と比べたら、私の心にはちゃんと人並みの隙間が出来たと思う。 その隙間は、自分以外の誰かに使うためのものだ。

飛び込み方の代わりに、私は少しだけ、祈り方を覚えた。

小夏
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