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絵葉書とパリの夜

ジュヌビリエのアパートではネットがなかったので、アテにしていたスカイプも、メールも、全然自由なタイミングでは使えなかった。
おまけに時差があったから、劇場での空き時間や、町に出た時にマクドナルドなどにて業務連絡的なメールをザクザクとするばかりで情緒もなく・・。
だけど、言葉や気持ちは突然零れおちるものであって、僕はダメな子なので、その辺の自制心は時々弱いもんで、そんなわけで、零れた言葉や気持ちを慌ててピンで止めるみたいに、滞在中には何度も何度も葉書を書いた。
アパートのタンスを机代わりにして、カフェで、劇場のロビーで、一番書いたのはやっぱりアパートで、夜更けに日記みたいに、絵葉書を書いた。
「ここは、いいところです。」とか、「そちらは雪は降りましたか?」とか、内容はたわいもないことだったけど、一言一句、言葉を選んでインクを滲ませていると、不思議と心が落ち着いた。

一枚目の写真はあちらでお友達になった歌手の美恵子さんが歌っている、カフェバーの夜。
ここでも絵葉書を書いた。
お酒が飲めれば恰好ついたのだけど、残念ながら机の上にあるのはミントティー(笑)。
ボトルは、ガムシロップ(笑)。
話しはそれるけど、ここのミントティー、本当においしかった・・。
グリーンティーに生のペパーミントが入っているんだけど、ホームシックになりかけてた心を、優しく溶かしてくれて美恵子さんの歌もあいまって涙が出た。
日本でもぜひマネしたい一品です。
さて、話を戻すが、そうやって、下手くそな字でペンを不器用に走らせながら、手書きってなんだろう、とパリの夜に考えたのだった。
いざ帰国してみれば、ネット繋ぎ放題、ブログもツイッターも電話もある通信過多な環境の中で、キーボードを親の敵のように叩きまくり、吐いた言葉が嫌ならすぐ消して、コピーしてペーストして・・、言葉の大量生産と大量廃棄。
つつしみをなくしてしまった、ゴシック体の文字。
下手くそすぎた私の手書きの文字こそ、私の不器用な本心そのものだったようにも思うのだ。
とても恥ずかしいけれど、もう一度、手書きで言葉をしたためてみたいなと思う。
ときどきね。
だから、もし、ある日突然あなたの手元にお手紙が届いても、どうか驚かないでください。
もの凄く下手な字ですが、どうかそのことにも驚かないでください。
私の、奥の方にあるものは、どれも皆不格好で不器用で、ただ切実にそこにある。
ああ、ただただ、切実に書けたらと思う。朝も夜も。

2枚目のお写真は美恵子さんのお宅にて。
パンばっかり食べてた私を招いて、トン汁と炊き込みご飯をふるまってくださいました。
海外での邦人の温かさは沁みるね。
美恵子さんは、一般大学を出てからクラシックの歌手を目指して渡仏しコンセルバトワールを卒業した才女。
お料理も上手、お歌も上手、ポルトガル人のジャーナリストさんと新婚ホヤホヤさん。
色んな人生がある。道は自由だ。
心に正直に生きて、この地で伴侶を得て歌い続ける美恵子さん。
私も、婚活のことなどはキッパリ忘れて(いいのかい?)、己の道を大切に、心に正直に生きようと、そう思わせてくれた、素敵な女性です。

小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 01:49 * comments(0) * trackbacks(0)

お菓子の国で

甘いものが大好きってわけでもないんだけど、やはり、お菓子はいつも、私の心を笑顔にする。
ダイエットしてたから、フランスではそんなにお菓子をバンバン食べたりはしなかったけど、クレープ(観光名所のは意外とマズイ。小さな町の、カフェやパン屋のとかの方が美味)とか、林檎のタルトとか、チョコスフレなんかは、どれも絶品でした。

だけどお菓子の栄養っていったら、糖分とか、脂肪分とか、おおむねカロリーで、体を作る役にはあんまりたってない。
それでも、人はお菓子を欲することがあるわけで、それはお茶やタバコなどの嗜好品のようでもいて、もう少し違う気がする。
甘いものが食べられるのは、きっと、幸福のシルシ。
女の子とかだと、淋しくってチョコをかじっちゃったりする日もあるかもしれないけど、SWEETは文字通り、あまやかな気持ちをも表すのだ。

フランス人は、恋愛好きで、恋人と過ごす時間も長いし、ベッドで愛を営む時間もギリシャ人の次位に多いって話を聞いたことがあるけど、あながち無関係じゃないんじゃないだろうか。
恋を謳歌する気持ちと、お菓子を愛する気持ちと。
それは、人生のしょっぱさや酸っぱさより、今手の中にある甘やかさを、味わいながら生きようじゃないの、っていう意味にもとれて。

心配性と被害妄想の2大ネガティブの持病を持つ私にとって、そんなラテン気質はちょっと羨ましかった。今、手の中にある甘いものを慈しむこと。
恋もお菓子も、口にできるのは平和の証拠。
きっと、ラヴとピースの先にあるもの。
大切に味わいたい。

2月になったら、東京だって町中がチョコレート色に染まる。
私は、ミルクチョコより、ビータースィートなチョコや、逆にとろけるようなホワイトのがスキ。
って、日本だと婦女子は何もいただけないんだけどね。
今年は、自分の為にひとつ買ってみようかしら?
人生の彩に、お菓子と、キスと、お気にいりの小説が何冊かあれば、きっと世界中どこにいたって、ホリディみたいにハッピーだ。

本当に美味しいお菓子をほおばった時、本当に本当に甘いキスを受け取った時、何処にいたって、幾つになったって、きっと少女に戻れる気がする。
笑いたければ、笑ってちょーだい。
私の一番甘い部分で、その口を、ふさいであげる。
限定一名。

小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 02:21 * comments(2) * trackbacks(0)

アジアテちゃんとクレアちゃん

さてさて、懐かしきジュニビリエの市民出演者のみなさん。
最後にご紹介するのは、コンセルバトワールの学生さん達、クレアちゃんとアジアテちゃんです。
まぁ、なにはともあれ、かわいいです。
フランス人は、そんなに大柄な人ばかりではけしてなく、むしろアメリカにいた時よりも、小柄な人の多い印象。
お洋服の試着をした時も、ぴったりだったし、女の子だったら私と殆どかわらない子(150兮紊僚子)も一杯いました。
向かって左はクレアちゃん。
映像学科の学生さんで、このこなんて、140兮紊世辰燭も。
ちっちゃくて、いつも照れててシャイだけど、自分がアジア映画全般にとっても興味があることを一生懸命話してくれました。
こんなに無垢な少女なのに、最終日には結構ベロベロに酔っ払っててそのギャップもおもしろかったな。
右のブロンドガールはアジアテちゃん。
背格好やファッションがどことなく自分に近くて、なんだか親近感があり、一番最初にお友達になった市民出演者です。
アジアテちゃんは、演劇学科。女優の勉強をしてるけど、劇作家の勉強もしてるんですって。
わあ!おんなじだねって意気投合して、作品の話とか色々おしゃべりしてとても楽しかった。

さてさて、千秋楽も近くなったある日、終演後にすっごく大きなデイジーの花束を抱えて客席に残っていたアジアテちゃん。
「どうしたの?」って言ったら「パスカルにあげるの。」って。
「でも、まだ、千秋楽じゃないよー。」
「わかってるよー、でもね、今夜は直接お話しがしたいの。」
客席の手すりにちょっと身を隠しながら、ひそひそ話。
目を星屑のようにキラキラさせてるアジアテちゃん。
完全に、憧れモード。胸の高鳴りが伝わってきそう。
ひょいと目をやると、上の方のオペ室付近の客席でなにやら打ち合わせ中のパスカル氏。
そうよね、こういうとこ見てると、とってもカッコイイ。
でも、お家では「ふぃーっ、もう、疲れちゃったにゃあ〜ん、むぎゅう〜。」とかしてるかもしれないよ、演出家なんて。そんな私も、演出家になってからは、比較的ツンデレですがそれが何か?

・・とは、もちろん言わなかったし、パスカル氏の名誉のために補足すれば、彼に限ってはそういうキャラではないだろうし、むしろそういうキャラでも人間の姿として全面的に肯定させていただくが、アジアテちゃんのあまりにキラキラすぎるお目に、私は一瞬でもそんなことを考えた自分に軽く絶望して、そして祈るような気持ちで、彼女の頬にキスを残して退室したのでした。

彼女達を見ていると、演劇学科の学生時代のひたむきな自分を思い出す。
あの時は女優しかしてなかったけど、ひとつひとつの作品にいっぱいっぱいで、でも全身全霊で、悩み、泣き、大笑いし、ひたすら愛し、がんばって庄屋の青リンゴサワーをせっせと飲んだ(注:お酒が飲めないと演劇人になれないという思い込みがあった為)。

後日、「パスカルにお花渡せた?お話できた?」って聞いたら、「渡せたけど、“これはお花だから×××(注:皆も知ってる彼の恋人)にあげとくね。”って言われちゃったのよ。あんまり話せなかったし。」だって。
逆にちょっとパスカルに感心した。意外と慎重だな。
まわりが突っ込む「それはきっと、×××が、超やきもちやきだからだよ!」「ウイスキーとかウォッカとかあげれば、そう言わせるスキを与えなかったのに!」など、女子トーク炸裂。
アジアテは「でも、メトロ(注:先生の意。演出家)」にはお花って、いうのが伝統だわ。」だって。
まぁ、×××がやきもち焼きになっちゃう理由も十分わかるし、パスカルの対応も妥当だけど、アジアテちょっぴり寂しそうでありました。

そんな悲喜こもごものエピソードがあったけど、今回の作品が、クレアとアジアテの二人にとって素晴らしい経験になることを心から祈っている。
学生の間に、プロの現場に出るってのは、どんな授業よりも強い経験になるはずだから。
きっと何年もたってからますますそれを噛みしめるだろう。
がんばって。
そして、いつかまたどこかの現場で会おうね。

小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 23:03 * comments(0) * trackbacks(0)

ただいま

先日、帰国いたしました。
まだ、ついさっきまでちょっと浦島太郎みたいな気分でした。

ご無沙汰だった皆様、メールの遅れた皆様、ごめんない。
私は、元気です。
ブログはしばらく、ジュヌビリエの備忘録を続けながら、毎日コツコツ積もった仕事をやっつける所存です。

やっと、自分の2010年が来た気がする。
ダッシュで追いつかないと。

日本の空を、美しいと感じました。
その下で、どんなに悲しいニュースや、汚い事件や、クダラナイ討論が展開されていたとしても、やはり、どう転んでもここは私の国だし、日本語にプライドを持ちたいし、この空は私の故郷の空です。

フランスでお世話になった全ての方と、日本で待っていてくれた貴方や、アナタや、あなたに、心からのキスを。

がんばってこー。

小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 03:10 * comments(0) * trackbacks(0)

ファビアン君

彼は、今回の市民出演者のファビアン君。

肩に手がかかってるのは、気にしないでください。「コナツー、写真、一緒にとろうよー!」って言われて「うん、いいよー。」って言うと、男女問わず皆さん肩を抱き寄せてくれたので、文化の違いを感じました。
アイサツでホッペとホッペをくっつける国だもんね。でも、ちょっと笑顔が固いワタクシです。

ファビアン君は、私や多田君がやった自分達の舞台作品のプレゼンを見て、とても興味があったようで、後日、終演後にロビーのカフェで質問責めしにきてくれました。
英語が上手で、凄く話しやすいシャイで優しい青年です。
普段は、子供向けにビデオ撮影のカメラワークのワークショップをしているそうで、映画が大好き。
私の作品に興味を持ってくれたのも、座卓があって床に座って話している様子が、どうも小津映画を連想させた模様。
「畳というのは、素晴らしいアイテムだと思うんだ。それだけ多くを語っている。君は小津も黒澤にも影響を受けてるの?彼らは本当に凄いよね。」と熱く語っていました。
ヨーロッパで日本人だって言うと、映画好きの人には必ず小津、黒澤について意見を求められるって聞いていたけど、本当だった。
英語が上手いとはいえ、突っ込んだディスカッションはやっぱり少し大変そうで、メールで意見を交換しようね、ということになりました。
海外にペンフレンドを持つのは勉強になりそうなので望むところです。

帰り道が一緒になったので、暗くて危ないしでしょって言って他の出演者と連れ立って、途中まで送ってくれたのですが、道すがらファビアン君、語る語る。
「パリはどこ行ったの?」って言うから、「ここと、そこと、ロダン美術館に行ったよ。」と言うと、
「ああ、あそこは素晴らしい、君は”地獄の門”は見た?」
「うん、見た、凄かった、人が沢山散りばめられてて。」
「あそこに、考える人のモチーフがあったでしょ?」
「あった、一番上のところね。」
「あれは、地獄の門の一部だったのが先で、そこからあの人物がクローズアップされて考える人が生まれたんだよ。」
「へー!」
「でも、あれ、半分はカミーユクローデルが作ってるらしいよ。」
「え、そうなの?」
「カミーユクローデルは、公私共にロダンのパートナーだったでしょ?あの作品では特に半分以上の人物を担当してるらしいよ。」
「カミーユクローデルに凄く興味があるの、それでロダン美術館に行ったのよ」
「彼女のストーリー知ってる?」
「うん。ロダンとの愛に破れて、自分の作品を殆ど叩き割ったていう話に興味があって。」
「それは、一種の自傷行為だと僕は思うんだよね。」
ファビアン君、かく語りき。
他にも、モンマルトルの歴史についてとか、結構教養深い話を沢山聞かせてくれました。

そんなファビアン君の今日の詩は「モン フィス・・」で始まっていた。「息子よ」って意味。
そこだけは私にもわかったので、「息子がいるの?」って聞いたら「今はいないよ、いつか欲しいけど。あれは未来の息子に向けての詩なんだよ。」って、あらまぁ、ロマンティック。
ファビアン君、暗い夜道で心細いところを助けてくれてありがとう。
いつの日か、君が素敵なパパになれることをお祈りしていますよ。

小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 00:28 * comments(0) * trackbacks(0)

リタお婆ちゃん

今回の市民出演者の方も少しご紹介。
彼女は、私のアイドル、リタおばあちゃん。
今回の最年長さんです。
とっても小柄で笑顔がかわいくって、いるだけ癒されるんだけど、なかなかどうしてしっかり芝居をしています。
彼女はもともと学校の先生をして働いていたようで、なんと今回の制作をしているポリーヌちゃんの恩師なんですって!
ものすごい偶然。でも、劇場という場所で人々が再会を果たすって、演劇関係者としては幸福でたまらないです。

今回の芝居の中で、市民の人達が詩人になって、それぞれ即興で詩を書いて、その一部を朗誦する場面があるのですが、通訳の方がまだいらっしゃる時に、 その日のリタの詩をざっくり訳してくれました。

「鏡なんて、なんの意味があるのかしら。私を見る人なんて、もう居ないというのに・・。」

リター!!!私が見てるよー!!
推定年齢70代後半と思われるリタお婆ちゃんの女としての横顔・・。
それが一市民の素朴な詩として語られる時、私はその説得力に驚くのです。

終演後は、自分で車を運転して帰るリタ。毎日ちゃんと、おしゃれをしてお化粧をしてかわいい帽子で現れるリタ。
女の鏡ですよ、リタ。
こんな風に、顔いっぱいで笑って、いつまでもおしゃれをする心を忘れない、そんなお婆ちゃんになりたいと思わせてくれるお方です。

リタの横にいるのは、ハビットおじさん。
毎晩公演の後に「コナツ!サバッ!」って言って、大きな手を出して握手してくれました。
色々気にかけてくれて、「ギリシャのアーモンドだよ、食べな!」とか「ほら、クレープだよ、食べな!」って、いつも自分のおやつをわけてくれました。
優しいハビットおじさんですが、実は立つとガチで2m30儖未△蠅泙后
今回、一番背の高い出演。みんな、本当にユニーク!

小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 00:13 * comments(0) * trackbacks(0)

鳩よ

劇場に通う道すがら、日本で言うところの団地みたいなのが続いている一角がある。
その団地の緑地の中に、この写真みたいにパンやら、RIZ(お米)がどさっと置いてあることがしょっちゅうあって、最初はなんだか不衛生 だなぁ、と思っていたのだけど、よく観察してみると、どうやらこれは鳩にやっている餌らしい。

「こちらでは、持つものが持たないものに何かを分け与えるのが当然だってことになってるからね」、という話を出演者の美恵子さんから以前聞いたけど、 鳩にも十分過ぎるくらいの穀物が提供されている。
なぜ、美恵子さんとそんな話になったかって言うと、こちらではメトロ(地下鉄)の駅や、電車の中で物乞いをする人が普通に日常風景にあって、そのことについて解説してくれたのだった。
地下鉄の階段のところで、おばあちゃんが物乞いしてるのは割りとすぐ見慣れたけど、電車内の物乞いは最初は本当にびっくりした。
電車にちょっとオーラの違うおじちゃんが乗ってきたな、と思うと、おじちゃんは突然大声を張り上げて語りだす。
「ムッシュー、マダム!私の名前はジョンほにゃららです!私は、もう、何ヶ月も仕事がありません!本当に、困ってます!ムッシュー、マダム!ありがとう!ご協力を!お慈悲を!」
みたいなことを(ほぼ、想像訳)ガンガン叫び、コインを貰ったりする。
反応がないと、移動して、次のボックス席の前で同じことを繰り返すのだ。
一応、商売のカタチを取るおじちゃんもいる。私が見たときは、手に20冊位のえらいチープなノートを抱えながら口上を述べていた。
「ムッシュー、マダム!私の名前はドニーほにゃららです!かわいいノート!ペティートでかわいい動物の絵のついたノート、買ってください!本当に、困ってます!ムッシュー、マダム!ありがとう!ご協力を!お慈悲を!ホラ見て、小さなかわいい動物のイラスト付き。ノート、買ってください!」
みたいなことを(ほぼ、想像訳)、ガンガン叫ぶ。
ノート売りのおじちゃんに、ノートも買わずにコインをささってフツーに渡してたマダムがいたんだけど「あ。あんがとマダム」みたいな返答で、それは本当に困ってる人のリアクションじゃないんじゃないか?って突っ込みたくなったけどね。

でも、実際にコインを渡してる人も見たし、これだけおじちゃんの人数いるってことはある種の職業として成立してるんじゃないか?という懸念すら感じる。

鳩よ、分け与える精神、無いものにはあるものが分け与える精神そのものは美しいものだけど、君はこの光景をどう思っていますか?
慈悲もずる賢さも、間違いなく人間の持つ様々な顔のひとつだ。
だけど、それなりの平和があってこそ成り立っている光景ともいえる。
鳩よ、パンやお米は残飯ではなく、君への捧げ物かもしれないのだ。
こんなものですまないが、どうか、これからも平和を運んでおくれ。

小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 23:55 * comments(0) * trackbacks(0)

クレモンティーヌ

「ソワレの前に、待ち合わせして、お茶しよう。」って、出演者のクレモンティーヌが誘ってくれて、パリのマレ地区にあるカフェに行きました。
クレモンティーヌは、小さな柔らかいオレンジのことで、ずばり日本で言うところの蜜柑のこと。
みかんちゃんは、以前オリザさんのパリでの作品に出たこともあって、片言の日本語で話しかけてくれたり優しい方です。
おまけに英語が聞き取りやすいので、今日は久しぶりにコミュニュケーションの喜びを噛み締めました。

多田君達が帰国してからは、唯一の日本人出演者で歌手の美恵子さんが時々日本語で話しかけてくれる以外は、えらい凄い難しい発音で英語を話す(妙に、ぺちゃっとした発音。わっかんないよ!)演出助手のジルと細々と会話したり、パスカルが「コナツ!サバッ?かわいいでーすっ!」って挨拶してくれたりするが、いわゆるがっつりした会話もなく・・。
街中では四六時中フランス語で話しかけられ続け、ディスコミュニケーションの嵐にちょっとノイローゼな気分だったのも事実。
まぁ、こっちは英語と日本語で、相手はフランス語で無理やり会話を繋ぐ技術はついたけどね。
だけど、今日クレモンティーヌと沢山おしゃべりして、ああ、私は、言葉を介した交流がとても好きなんだ、と改めて気が付いた。

言葉を過信しちゃいけないし、究極を言えば、最終的には言葉がいらなくなるんだけどさ、でも、言葉を交わす事は、音楽を交わしたり、贈り物を交わすのと同じように、ある種の信号の交換に違いないのだ。
体を交わすことは、たやすい。
でも、信号だけを交わして、気持ちよくなれる相手は限られている。
たぶん、それがコミュニケーション能力や感性、波長や相性ってやつなんだろう。
帰国したら、英語も仏語も真面目にやりたい。
交わせる武器は多い方がいい。

レモンパイはちょっと甘かったけど、林檎のタルトは絶品だった。
カプチーノは温かくて、クレモンのミントティーからは良い匂いが登っていた。

クレモンティーヌは、若く見えるけど、もう結婚(正式には、結婚に近い契約。フランスは籍の入れ方が色々あるらしい。)していて、2歳の女の子がいるんだって。驚いた!
最初は、今回の芝居の話とか、普段どんな活動をしてるとか(クレモンちゃんは女優以外に自分でも作・演出してて、コンサートと演劇の間みたいな作品作ったりしてるらしい。)、演劇の話をしてたんだけど、彼女と彼が、思い切って郊外に家を買ったって話を聞いたら、後はもう完全に恋バナになってしまった。
彼氏さんは、アニメ映画のディレクターらしいのだけど、クレモンとの馴れ初めを色々聞いてたら、凄くドラマチックで面白かった。
ここでは、プライバシーの為に一応伏せておく。
私も、ついつい、で、それで、どうしてパリのどこそこに行ったかっていうとね、Because he have been to there when he was student of 〜..ほにゃららほにゃらら、みたいな話をしてしまって、そういう話を出来たのが本当に久しぶりだったので、嬉しくて凄い沢山話してしまった。
クレモンちゃんには、「Wow, It's soooo girly」って笑われたけど、だって、ほらまだ beginning だからっておどけて言ったら「私は10年経ってるから、今じゃ、電話でも”ベイビーの面倒みといて!”ガチャンってしちゃう時があるのよ。でも私は、時間がたってもdesireを感じていたいし、努力すれば愛は less することはないって、思ってるんだけど、うん、努力したいと思ってるのよ・・彼は、うーんどうかな。どうだろ。」
いやいやいや、ベイビーちゃんもいるし、家買うってのは相当覚悟がある証拠でしょう。
でも、クレモンちゃんは、彼との正式な結婚を夢見ているんだって。
目をキラキラさせて言ってた。
古今東西、愛の問題は少し複雑。そのことは、変わらない。
ガールズトーク炸裂なパリの午後。
外はしっとりと雨でした。

小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 06:57 * comments(0) * trackbacks(0)

蚤の市

テアトルジュヌビリエでの本番、順調に進んでおります。
お客さんもまずまずの入りといったところ。
そんな中、日曜のマチネ前に、ちょこっと早起きして蚤の市に行ってきました。 ちなみに、土曜日も、日曜日も、公演はいつもマチネかソワレのみ。
フランス人は、一日一公演しかしないので、マチソワとか無いのです。

蚤の市は、今回ぜひ行ってみたかった場所のひとつで、小説の中に出てきたりするのを読んで実際はどんな感じなのかしら、と憧れていた習慣のひとつでした。

今回は、お土産探しを兼ねていたので、なんとか掘り出し物を見つけようと、意気揚々とお出かけ。
古い露店街にたどり着くまでは、ブランドのバッタモン屋とか、手にバックやベルト持って売ってるおにいちゃんとかがひしめき合う、 上野をうんと胡散臭くしたような路地が続いたのですが、ひとたび伝統的な路地に入ると、まぁ夢のような光景が。
吉祥寺の公演通りと、下北沢の細い路地裏のあたりを、うんとヨーロピアンにした感じ?それともまた違うんだけど、その二ヶ所を愛する人々には天国だと思う。
アンティークのブローチやネックレス、毛皮や香水瓶、山積みのレースやボタン、などの趣たっぷりのものから、「こんなの売っていいの?」って思うような古い皿や錆びた鍵、ドアノブ、むらむらするお香とか変なパイプ、お人形のパーツの目玉だけとか(凄い怖かった)、変なものも一杯・・。 それらがじゃらじゃらと山積みされている様子は、まさに宝探し。
私の愛する青☆組常連女優のボッコ(木下祐子)なんて、絶対に泣いて喜びそうなお店ばかり、聞いてるかい?ボッコ。
皆さん、商品売るのに熱心なので商品そのものの写真があまりとれず残念だけど、玉石混同とはこのことか、という感じ。

留守中にお世話になった方には正式なアクセサリーを購入済みだったので、この日は自分と何某の為に、チープで蚤の市っぽいアクセサリーを物色・・。
ところが、これがなかなか難しかった。パリ市内のお店でも、アクセサリーは大体、大振の派手なものが多くて、私なんぞが普段ちょこっとつけられるようなものが意外と無い。
蚤の市も、素敵は素敵なんだけど、ピアスはデカイし、ネックレスは妖艶だったり、デコラティブだったり、指輪にいたってはヒップホッパーがつけるようなB系のか、アラブの商人に似合いそうな豪華な石付きのしか見当たらない。
やはり、和の慎みとか、さりげなさっていう感性はお門違いなのかしら、と落胆しながらぐるぐる巡り続ける路地裏。

散々歩いた結果、やっと好みに合うアンティークとハンドメイドの素朴なお店を発見!こういう瞬間が醍醐味です。
お皿がメインのお店の片隅でネックレスと指輪を、ゲットしました。
蚤の市の古着なんかは、凄く安いらしんだけど、私の行ったクリニャんクールの蚤の市は一番大型のせいか観光客も多く、「こんなの売っていいの?」っていうもの以外は、わりと妥当なお値段だったかも。
ほんとちょうど、下北沢よりは少し安いかな?位の値段設定だった印象。

3枚目のお写真は、店番をするワンちゃん。
この子が店長。

激安のアンティークショップで面白かったけど、何聞いたって「ワン」としか言わなかったもんだから、ここでは何も買わなかったよ。

ぜひまた行きたい蚤の市。
ひとりもいいけど、女友達やカップルで行ったらとっても盛り上がりそうな場所でした。

小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 06:54 * comments(0) * trackbacks(0)

ノートルダムの祈り

ようやく、ノートルダム寺院に行きました。
お正月に付近を散策した時は、あまりに長蛇の列が出来ていて、遠巻きに初詣のつもりでお祈りしただけだったんだけど、1月も中旬となればスルリと入れました。
サントシャペル教会も素晴らしかったけど、こちらも厳粛、とか荘厳とはこのことか、いった感じでした。
あらゆるところで数え切れない程のキャンドルが小さな炎を揺らしていました。
祈りを捧げるためのキャンドル。
2Eで、小さなキャンドルを買って祈りを捧げて飾ります。お賽銭のようなものだと思うと想像しやすいかも。

揺れる炎とステンドグラスを眺めていたら、少し涙が出ました。
神を讃えるために、こんな凄い建築物や、絵画や、音楽が生まれるとは、人間にとって宗教とは、祈りとは、何だろう。
西欧文化の黎明期の発展が、キリスト教と切り離せないものであることは頭では理解していたけど、全身を包む圧倒的な空気の濃厚さに打ちひしがれました。

夕方に出向いたせいか、夕暮れの礼拝がちょうど始まって、クリスチャンではないけどミッションスクール出の私は抵抗がないもので、ミサに参加してきました。
フランス語の歌詞はちゃんと言えなかったけど、沢山の聖歌が聖堂の中に響き渡り、少年少女の聖歌隊の歌声があんまり美しくて、忘れられない一時となりました。

大聖堂の片隅に、訪問者が「平和への祈り」のメッセージを書けるようになっているコーナーがあります。 沢山の観光客が、自分の言葉で思い思いのメッセージを書いていました。
祈りを文章化することで、思いが強くなる気がしました。
あまり、気の利いたことが書けなかったけど、私も日本語でささやかな平和メッセージを書いてきました。 写真の字、読めるかな?
恥ずかしいけど、書いた事は以下の通り。
今読むと、クサイし、エライ綺麗事みたいでこそばゆいけど、あの場にいると本気でそういう風に思っちゃうんだもんな・・・。
なかなかすごいぞ、大聖堂。

「あなたの大切な人を思い浮かべてください。
そして、全ての人に、同じように大切な人がいるということを知ってください。
それが、敵であっても。」

吉田小夏
profile * ジュヌビリエの日々 * 00:10 * comments(0) * trackbacks(0)
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