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インドのお后様の話

一番大切なものについて、考えてみる。

甘たるいことや、キザなことが、色々言えそうな気がしてくるが、ここでひとつ高校生の時にシスターに教えてもらったインドのお后様の話を思い出してみたい。

昔々、若いインドの王様が后を迎えました。
初夜の晩、王は新居となる王宮の白い大理石のバルコニーに新妻である后とならび、星空と地平線を眺めていました。
「后よ」王は言いました。
「君にとって、この広い世界の中で一番大切なものは何かね?」
后はしばらく考え、言いました。
「王様、私は“それは王様です”、と言うべきなのかもしれません。でも、正直に申し上げれば、一番大切なものは私自身ですわ。」
王様は驚きましたが、深く静かにひと呼吸した後、こう言いました。
「后よ、よく言った。私はお前を信じる。私は、賢い女を妻にもらい満足だ。」

道徳の時間のお話みたいだと思われただろうか。
または、后をしたたかな女と見ただろうか。

インドは男尊女卑の強い国である。
昔話とはいえ、そういった風土の中で、この后の発言は想像以上に大胆なのだ。
そして、それを受け止める王様は随分懐が深いと言える。
この国は、ふたりの結婚によりきっとますます栄えただろう。と、私は信じたい。

もっと、もっと、自分を大切にしたい。
それは、自分に大してより妥協しないことにも通じるし、自分に厳しくなるということにも通ずるのだ。理想を、今一度掲げたい。
大切にすることと、甘やかすことは違うのだから。

遅咲きの自分だけれど、その分、自分らしい花を咲かせようと思う。
2010年も残すところあと3ヵ月だが、過去最高に盛りだくさんだった秋までを思い返し、噛み締めて、まだまだ、自分には自分を育ててゆけるはずだという確信を得た。

誓いというものは、神に向けるものでも、星に向けるものでもない。

ただ、自分自身に向けるものだ。
祈るように。

ほんとうに欲しいものを見極め、あとのことは潔く手放してゆこう。
今、その勇気を。
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鰯くらいの幸福

最寄り駅から続く飲み屋ばかりの横町に、小さな鰯料理屋と中華料理屋がひっそりと並んでいる。
鰯屋は、かたくなに鰯の料理しか出さないのが自慢だ。
つみれ、鍋、刺身、なんかを並べて、酒を出す。
中華料理屋の方は、むかしながらの小さな店で、つまり、レバニラやら、餃子やら、五目中華麺をだし、ビールを飲ませる店である。

この、中華料理屋のレバニラ定食がおいしくて、時々足を運んでいたのだが、あるとき、本日のおすすめメニューの黒板に、なぜかいつも鰯料理の名前が綴ってあることに気がついた。
なるほど、ビールのアテには、餃子も鰯の刺身も同等に美味いと言えるだろうが、はて、なぜこのようなメニューが?マスターは、板前修業でもしていたのかしらん?と思って観察してみると、店の裏通りを使って、店のマダムが小皿やら野菜を隣の鰯屋とやりとりしている。
何度か通って知ったことだが、鰯屋が父親の店、中華屋が息子の店、店の裏通りを行き来するマダムは鰯屋の妻であり、中華屋の母なのであった。

なぜ、僕が今日、この話をするのかというと、夕暮れ、スーパーからの帰り道、目に飛び込んで来た風景が、あんまり鮮やかだったから。

いつものように、駅前を通って、飲み屋ばかりの横町にさしかかった時、目に飛び込んできた、硝子越しの風景。
鰯屋は、暖簾をおろして準備中。
中華屋も、暖簾をおろして準備中。
だが、中華屋の店内は、こうこうと白熱灯に照らされて、赤いテーブルの上にはコンロが灯り、大きな鍋の水炊きから温かい湯気が溢れていた。
テーブルのまわりに戯れる、中華屋と彼のまだ小さな息子達の無音の笑い声、鰯屋は上座に座り、仕事着のまま満足そうに煙草をふかし、鍋の煮えるのを待っている。
仕事の合間のまかない料理、ひと時のささやかな団欒。

僕は、歩く足をとめなかったから、ほんの20秒のできごとだったんだろう。
それでも、マッチ売りの少女が見つけた窓の向こうのご馳走みたいに、その食卓は光り輝いていて、幸福に満ちて見えた。

ふたつの家庭に、瞬間思いを馳せた。
商いは止まらぬ汽車で、小さな飯屋だって、切り盛りするのはそうたやすいことではないはずだ。
酒も出す店で、半分は水商売である。
親子も夫婦も笑顔で鍋の煮えるのを待っているが、例えばこの夫婦だって、男女のすれ違いのひとつふたつでは収まらないような、人生の波風があったかもしれない。
離縁の危機だってあったかもしれない。
父と息子だって、同じ業界ならではの難しさもあったかもしれない。
商いだって家庭だって、いつだって揺れているのだから。
だけど、人生の中の冬の日の一瞬、赤いテーブルの上の鍋の湯気に、本物の幸福が立ち昇る。
湯気の向こうの鰯屋の笑顔には、びっくりするくらい陰りがなかった。
僕は、あんなに美味しそうに煙草を吸う男を見たことが無い。

鰯とか、中華料理とか、そんな素朴なご馳走でいい。
幸福はきっと、そのくらいがちょうどいい。
金の匂いも名声の匂いもしない、酒飲み横町。
決して、歴史に名前を刻まない鰯屋のおやじ。

幸福への轍などない。
ひっそりと、その足で踏みしめろ。
自分だけの足で。
大海原の、名前さえもたない鰯の群れ。
僕は、その中の一匹として、ただ、泳げる限り、せいいっぱい泳ぐことだけが使命なんだろう。

いつか、神様に「おかえり」と言ってもらえるその日まで。

小夏
profile * ちいさなお話 * 18:01 * comments(0) * trackbacks(0)

雨上がりの石の上で

巨人は、友というものを見たことがなかった。
鉛のようなものでできた体を風にさらして、広く荒涼な大地にひとりきりでたっていた。

今となっては、大地にたっている理由さえも忘却していた。
大地は冷たかった。
そして、彼の足は一歩も動かすことができないのだった。
晴れた日には、雲を見上げ、雨の日にはまだ見ぬ友に祈った。 

はじめて大地に立った日から、100年があっという間にすぎた。
200年もあっという間にすぎた。
そして、いつの間にか巨人は、雨の日に祈ることをやめた。
びょうびょうと風に吹かれながら、800年が過ぎていた。
1000年の孤独の中で、巨人はひとりでたっていた。

ある朝、巨人の肩にみたことの無い鳥が舞い降りた。
「こんにちは」その灰色の鳥は言った。
巨人は困った。声というものを発したことが無かったから。
灰色の鳥は、濃い赤色の目を面白そうにくるくる光らせながら、巨人の目を覗き込んだ。
戯れの好きな鳥だったのである。
「コ・ン・ニ・チ・ハ」地響きのような声で巨人は言った。
「おや、驚いたなぁ、君、言葉を知っているの?」
「シッテイル」巨人は言った。
「ボクハ、センネンモマエカラ、ココニタッテイル。ボクノ、アシモトヲ、オオクノモノガトオリスギタ。タビビト、オオカミ、イロトリドリノコトリ、ラクダ、コジカ、ウサギ。ボクハカレラノコエヲキイタ、コトバヲキイタ。デモ、ボクニハナシカケタノハ、キミガハジメテダ。」
巨人が声を発するたびに、周りの木立が風を受け、木々がざわめいた。
珍しい鳥は、巨人の肩に爪をたててしがみついた。
「面白いな、君は。」鳥は言った。ケタケタと笑いながら。
「オモシロイ?」
「面白いよ、君は。君といると、楽しい。」
巨人は、この大地の上ではじめて、微笑みを覚えた。
鳥は、巨人の肩で羽を休めた。夜には星が降った。

それから10日がたって、鳥と巨人は語るべきことを失った。
巨人は沈黙を慈しんだ。鳥は沈黙を憎んだ。
鳥は言った「さてと、そろそろ行くかな。僕はまだ旅の途中なんだ。」
「ドコニイクノ?」
「ここではない何処か。行ってみたいところがあるのさ。」
「ドコ?」
「どこって?そうね、例えばセントラルパーク?」
「モウスコシイテクレ」
「まいったね、面白くないな、それは。」
灰色の鳥の赤い目は、煩わしそうに濁った。
「ドウスレバオモシロイ?」
「そうさね、まぁ、じゃ歌でも歌ってみてよ。」

巨人は、歌を知らなかったが、それでもとにかく、歌った。

とたんに熱風が吹き荒れ、巨人の足もとに広がっていた小立の葉が真っ赤に燃え上がった。
木の葉を住処にしていた色とりどりの小鳥達は飛び立つ間もなく焼け焦げてしまった。
灰色の鳥は最初は驚いたが、巨人の耳の下にいれば熱風にあたらないことを知ると、目を真っ赤に輝かせて言った。
「面白いよ、楽しいよ。もっと大きな声で歌って見せて。」
「ウタウヨ、キミノタメニ。」
巨人は、喜んだ。そして大きな声で彼の歌を歌った。
すると、今度は山の麓の村が焼け焦げてしまった。
救いは、誰一人気がつかなったことだ。気がつかないうちに一瞬のうちに焼け焦げた。
まるで、化繊の綿で出来た塵みたいに。

巨人は歌い続けた。100年歌い続けた。
村も、山も、国家も、みるまに焼け焦げてしまった。
旅人も、狼も、色とりどりの小鳥も、駱駝も、小鹿も、兎も。
皆、焼け焦げてしまった。
大地は熱風に包まれ、巨人はもはや炎の中にいた。
「ボクトイルト、タノシイ?」
100年目に、灰色の鳥に聞いたが、友からの返事はなかった。
巨人の耳の下も、もはや炎でできていたのだ。
「イカナイデクレ、ヘンジヲクレ。」
巨人は悲しんだ。返事がないことを恐れた。鳥が憎む沈黙を恐れた。
そして、休むことなく歌い続けた。ますます大きな声で歌い続けた。
大地は真っ赤に燃えて、星は炎に包まれた。
巨人と鳥が初めて言葉を交わした日から、200年があっという間にすぎた。
1000年もあっという間にすぎていった。
巨人はいつまでも歌うことをやめなかった。
びょうびょうと火の風に吹かれながら、50億年が過ぎていた。
50億年の孤独の中で、巨人はひとりで歌っていた。

だが、セントラルパークなんて、もともとなかったのだ、その星には。

本物のセントラルパークで、日曜日には子供達がその星を見上げる。
雨上がりの石の上で。
太陽が、たった一匹の灰色の鳥の為に燃えているということを、誰が知るだろう。
巨人は、今日も燃え尽きることもできずに、50億年の孤独の中で歌い続けている。

吉田小夏
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